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第9.3回 2001年とりあえず総決算/年表編(2001.12.31)

 約束した以上やります。ああ時間ないよう。
 今回の作業のため、今までの生首レポを読み返したところ、まぁお馬鹿炸裂、好き勝手なことをほざいてますな(苦笑)。とりあえず連載の始まった嬉しさがにじみ出ている部分もあって、微笑ましい…ということにしておいて下さい。

 まずは簡単に「生首」関連の年表を作りました。あいにくカドミスを読み返す時間はなかったので、己のレポを元にした甚だいい加減なものです。ご了承くださいませ…。

1978年             川島伊作「母子像I〜IX」発表。江知佳生まれる(推定)。
1982年             「サングラス事件」。以降川島伊作は石膏直取りの手法を封印。
1983年 7月           結子、自宅の寝室で首を吊る。
1983年暮れ          伊作と律子の離婚が成立。
1989年             川島伊作、エッセイ集『目の上の炭鉱夫』出版の際、国友レイカと知り合う。
1990年 2月           綸太郎、容子と再会(『再び赤い悪夢』)。
1995年             スレンダーガールズ解散。容子結婚。
                  川島敦志、左眼の網膜剥離の手術を受ける(推定)。
1999年春            川島伊作、胃がんの手術。
1999年 8月末         山之内のもとに堂本、転がり込む。
1999年 9月 6日        山之内、変な二人組にあとをつけられる(?)
1999年 9月 8日        堂本、台湾に行くと言い残し山之内の元を去る。
1999年 9月 9日午後     綸太郎、銀座のギャラリーの個展(田代周平・9月5日〜9日)にて川島敦志、江知佳と会う。
1999年 9月 9日16時過ぎ  伊作、救急車で運ばれる。レイカ、アトリエの石膏像を見る。
1999年 9月10日午前4時  川島伊作、他界。享年54歳。夜にお通夜。江知佳、一人アトリエへ行く。
1999年 9月11日11時    伊作、密葬。江知佳、敦志、房枝、レイカ、川島家を出る。川島家は無人に。
1999年 9月11日15時半   収骨を終え、川島家へ戻る。石膏像の首が切られている(?)のを発見。
1999年 9月13日       「毎朝新聞」夕刊文化面に宇佐見彰甚署名記事。
                  川島敦志から綸太郎に電話。
                  家政婦の房枝が近所で堂本らしき男を見たという証言。
1999年 9月15日午後1時  葬儀・告別式(町田市郊外の蓬泉会館(メモリアルホール))
1999年 9月16日夜      田代周平から綸太郎に電話。
1999年 9月17日        田代と綸太郎、堂本峻の潜伏していたマンションに行く(四谷四丁目)。
   17日→18日午後4時   綸太郎、宇佐見彰甚と京王プラザホテルにて会談。       
1999年11月          名古屋の美術館で川島伊作回顧展(予定)。

 そして、続いて登場人物紹介をしたいところなのですが…。これこそカドミスが出てこないとちょっと話にならないので、今から発掘をします。よって考察なども次に回します。ほんまイイカゲンでごめんなさい。明日を待て。

 追記:新たに書き加えた分はピンク色です。(2002.01.19)

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