第0回 この7年間何をしてきたのか?(2001.03.17.)
いや、ついに始まりましたね、「生首に聞いてみろ」。
法月ファンというのが世の中にどれだけいるのやら分かりませんが、私個人でいうと実は好きになってから長編は一度も出てないのです。時期でいうとおそらく『二の悲劇』が出たちょっとあとから、だと思うんですが。そんな私ですら6年以上待ちましたから、もしもっと以前からファンの方がいらっしゃるんなら、本当に首が長くて伸びきっているかもしれません。いや、もう見限られている可能性も高いな(苦笑)。
一つ前の長編『二の悲劇』は1994年7月に発表されました。だから7年ぶりになります。はじめにその間法月さんが何をされたか振り返ってみましょう(笑)。
1995年
1月 「BAR STOOL BLUES」を雑誌「海燕」に掲載。
これは『パズル崩壊』にも収録されている、幻の長編の導入部分。『ニ』の後でこの長編をものしようと書き始められたが、煮詰まって挫折したらしい…。
冬 「禁じられた遊び」を「小説TIPPER」に掲載。
この辺りが一番キてますね。この年は短編もいくつか発表されてますが、評論関係もぼちぼち増えたり、メフィストでは対談企画がスタートしたり、色々されています。
1996年
6月『パズル崩壊』出版。
とはいえ、この年に小説として発表された新作は「背信の交点」のみだったりします。
解説などの仕事がますます増えてきている感じ。『生ける屍の死』解説もこの年です。
12月『このミステリーがすごい!'97年版』
これは必見です。「私の隠し玉」では、『生首に聞いてみろ』を執筆中とあります。「刊行予定は来年」(爆)。それと、東京創元社の企画ものが二点、仕事予定に入っていますが(評論とリレー小説)、これが刊行されたという話は未だに聞きません…。
1997年
この年はとうとう小説の発表がありませんでした(悲)。主な関係本は以下の通り。
『ニューウェイブ・ミステリ読本』 原書房
『本格ミステリーの現在』 国書刊行会
『本格ミステリ・ベスト100 1975―1994』 東京創元社
下二つは笠井潔(もとい、探偵小説研究会)がらみです。氏のせいで長編が遅れたことは否めないでしょう。はぁ。
この年の『このミス』の隠し玉コーナーでは、『生首』とリレー小説が来期繰り越しになったと書かれています。しかし、文面から察するに、どうやらリレー小説の方は法月さん、もう書き終わってるようなのです。巽さんに最終章を書いてくださいとお願いしているし、これは確かでしょう。ってことはこの本が出ないのは、巽氏のせいかはたまた巽氏も書き終わってるけれど出版社側の問題なのか。っていうか法月さんの原稿を埋もれさせとくなよ! タダでさえ少ないのに。ほんま、お願いやから出してください、東京創元社さま。
1998年
小説はこまごまと発表し出す。「身投げ女のブルース」「トゥ・オブ・アス」「使用中」「ダブル・プレイ」以上かな。
評論方面は『謎解きが終ったら』を出版。解説なども絶好調。まぁまぁ満足できた年、かな。こマシ。
この年のメフィストの恩田陸さんとの対談で、次回作(角川で書いている分)は小泉八雲がらみだという発言があります。
『このミス』では名前だけですが『三の悲劇』なんて挙げてます。やっぱり順番、決まってるのかも(苦笑)。
1999年
『法月綸太郎の新冒険』刊行。嬉しいのは嬉しいんですが、全部雑誌で追いかけてたからなぁ(苦笑)。
解説も妙に多い。これで生活はぎりぎり出来てそうですね。
注目するべきなのは11月に大阪であった綾辻氏とのトークショー。次回作以降の予定について、次のように言われてました(出典はリンク先のmauさんのさいとBUFFETのレポートより。無断拝借すみません…)。
「次回作(「生首〜」)の次は倒叙もの。犯罪心理ものでもコロンボでもない形で書いてみよう。クイーンの『悪魔の報酬』や『ドラゴンの歯』みたいなのが好きな人は期待して下さい。
」
んん? これが『三の悲劇』のことなんでしょうか。謎。このトークショーではなんだか開き直った感じの法月氏が見れたのでちょっと安心してたんですが。
しかし年末の『このミス』では一転して、『生首〜』の書きかけ原稿200枚弱を抹殺しました宣言。っておい、5年かかってそれなら、完成するのはあと5年はかかるんじゃ…とお先まっくらになりました。ええ、なりましたとも。でもそこで引き下がれないくらい、すでに来るところまで来てしまっていた私(爆)。いいよ、とことん付き合ったる。
2000年
この年くらいからe-Novelsに参加してたんだったか。
小説は「中国蝸牛の謎」と「イコールYの悲劇」。講談社からなんか書けと言われたんだろうなぁ。後者はなかなかの出来なんで、いいでしょう。前者は…省略。
解説もまだまだ多い。対談などは、なんだか深そうなことをされてます。
秋には都筑道夫氏とのトークショーもありました。
『このミス』では長編を書くために「強制的な隔離処置」をとるしかない、と書かれてあるんですが、もしかしてこれが連載のことだったんでしょうか。私はてっきり比叡山にでもこもるのかと思ってました(笑)。
2001年
今年始まってすぐ、関西ミステリ連合冬の大会での綾辻、我孫子、麻耶3氏との講演会があり、そこで法月さんの「連載します」発言が出てきました。いや、これは本当にびっくりしました。
そして現在に至ります。なんか途中で書き方変わりまくりだけど、いいや。こまごまと仕事はされているのに、報われていないところもあってつらいですね。小説がやっぱり少なすぎ。「評論家」と言われてしまうのもこの数年は已む無し、ってところでしょうか。
いや、でもこれから毎月小説が発表されるんだから、名誉挽回のチャンスですよ。本当に。