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「密閉教室考〜コーダについて私見」

 俗に、「デビュー作にはその作家のすべてが表れる」というような言い方をする。
 それがすべて真実であるとは言えないまでも、デビュー作というのは、それまで誰も知らない作家の初めて世に触れる一面であるから、そこに作家の本質を見出せる、あるいは見出そうとすることには異論はない。
 私個人は、一時そういうデビュー作、具体的には公募で入選などした新人賞の作品をよく好んで読んでいた。なぜかというと、そういった公募の中から選ばれた一作は、選ばれただけあって何か光るところが秘められていたからだ。
 もちろん、デビュー作がすべてだとは、私は思わないし、デビュー作以後着実に上手くなり、成功した作家も数多くいる(というか成功しなければ当然作品が出なくなる筈だから、当然の結果ということだろう)。ただ、それでもデビュー作には、以後の作品とはどこか違った、ある意味完成のされていないいびつさ、陳腐な言い方をさせてもらえれば「原石のきらめき」のようなものがある。
 作家として続けていければ、当然技巧は上達するし、いい作品を書けるようになるのだと思う。けれどもデビュー作はある意味、この一回きりのチャンスで、これを逃せば、また元の木阿弥になってしまう。自然と作家の気の入り方も違うし、読む方にもそれが伝わるから、私は今でもデビュー作を読むのが好きである。

 さて、今回は法月氏の『密閉教室』を取り上げるが、なぜ今更…という問いもあるだろう。
 ひとつには、『密閉教室』が氏のデビュー作であるから、としておこう。この作品は解決編を欠いたまま乱歩賞に応募されたものを、加筆改稿の上発表されたものである。だから、公募で選ばれたものではないのだが、第二次予選には残ったというから、選考委員の中で何らかのインパクトを与えたことは間違いない。では、その特徴は、どこにあるのか。
 もうひとつ、あげるとすれば、この作品が、法月氏唯一のノン・シリーズの長編だ、ということがある。二作目以降は氏は作者と同名の探偵「法月綸太郎」が登場する作品を次々と発表していく。のちに短編集として出る『パズル崩壊』、そして今でも時々雑誌などに短編を発表することはあっても、長編でノン・シリーズなのは未だに『密閉教室』だけだ。二作目以降とは明らかに違う、この作品をもう一度見直すことによって、法月氏について語ることが許されるのではないか、私はそう考えたのだ。
 正直言って評論など、私は書いたことがないし、これからも書けるとは思わない。
 作品について論じたり、評したりなどできるとは思っていない。あくまで、一個人が作品にいだいた感想、ある側面としてとらえていただきたい。それは、私が文章の責任を放棄する、ということではなく、あくまでここは私見を述べているところだ、という位置付けを明確にしたいからである。

(以下、『密閉教室』、『頼子のために』の内容に関する記述があります。肝心のトリック自体は明かしてはいませんが、おそらく未読の方が読まれても意味のないことが書かれてありますので、できたら両作品を読まれた方のみ次に進んでください)


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