年表・途中経過
作品ごとに、最後にとりあえずまとめているものを、繋ぎ合わせただけのしろものです。
現時点(2001年6月16日)までの範囲:
『ふたたび赤い悪夢』
『雪密室』
『頼子のために』
1961年ごろ 西村悠史、雪絵、矢島邦子、大学進学。高橋は浪人になる
1963年 6月 法月貞雄、礼子と見合い。
1963年10月 法月貞雄、礼子と挙式。
1964年10月15日 綸太郎生まれる(推定)。
1965年 中山利則、道代入籍。
1966〜1967年(推定) 高橋、大学を出て、広告代理店に。矢島にプロポーズするも、振られる。
1976年 森山塔彦『KWAIDAN−怪談−』で本格的に劇場デビュー。
1971〜1972年(推定) 西村悠史イギリスから帰国、海絵と入籍。
1971年10月 中山美和子、実若生まれる。
1972年 8月28日 中山利則、実若死亡。
1972年 9月 森山塔彦、道代と江ノ島で出会う。
1972年11月 7日 中山道代水死体で見つかると報道。
1975年(推定) 高橋、見合い話を持ちかけられる。矢島にアタックするも、振られる。
1975年 5月 17時過ぎ 西村海絵、事故に遭う。
1975年秋(推定) 高橋、見合い相手と結婚。
1980年 5月18日 マンチェスターでイアン・カーティスは首を吊って自殺。
1984年 沢渡冬規、井賀沼でペンション経営(のようなもの)を始める。
1985年秋 峰裕子、井賀沼を訪れる。自殺未遂。
1986年 葛西、〈デルタ・ミュージック〉を追い出される。
1986年 2月 藤沢市で38歳のギャラリー経営者が行方不明。秩父の山中(真藤亮)。
1986年 7月 森村妙子、西村家で働き出す。
1986年 9月 群馬県で少女殺し(武宮俊作)。
1986年冬 井賀沼のペンションを取り壊し、新築する。
1988年 畠中有里奈デビュー。
1988年 8月8日 午後6時 松山文子の自殺が発見される。
1988年 9月はじめ 五十嵐民雄のもとに、西村頼子からの手紙。
1988年10月 9日(第二日曜日) 松田卓也、渋谷で頼子と五十嵐民雄が歩いているのを目撃。
1988年10月30日 法月警視、真棹に会う。写真家の個展。
1988年11月中旬 警視、真棹から招待状を送られる。
1988年晩秋 井賀沼「月蝕荘」の事件。(推定12月初旬)
1988年 晩秋 1日目(土)午後6時過ぎ 警視、井賀沼駅に到着。
1988年 晩秋 1日 目(土)午後7時過ぎ 警視、綸太郎に電話。
1988年 晩秋 1日 目(土)午後8時13分 篠塚真棹到着。
1988年 晩秋 1日 目(土)午後10時半 警視、部屋に戻る。
1988年 晩秋 2日目(日)午前2時ごろ 警視、沢渡冬規の部屋へ。
1988年 晩秋 2日目(日) 午前5時45分 警視、起こされる。篠塚真棹の死体を発見。
1988年 晩秋 2日目(日) 午前5時57分 警視、110番通報。
1988年 晩秋 2日目(日) 午前10時くらい 法月警視、綸太郎に二回目の電話。そのあと、「彼」と電話。
1988年 晩秋 2日目(日) お昼前後? 美和子失踪。
1988年 晩秋 2日目(日) 午後6時 美和子の捜索隊が結成。
1988年 晩秋 2日目(日) 午後6時半ごろ 捜索隊出発。
1988年 晩秋 2日目(日) 午後7時ごろ(推定) 警視、廊下で気を失う。
1988年 晩秋 2日目(日) 午後7時半ごろ 峰裕子、警視を発見。
1988年 晩秋 3日目(月)朝 警視、目覚める。綸太郎と対面。
1988年 晩秋 3日目(月) 午後6時ごろ 207号室にて、ぶらぶらの秘密。
1988年 晩秋 5日目(水)午前中 ラウンジにて、謎解き。
1988年 晩秋 6日目(木)(推定) 法月親子、井賀沼を出る。
1989年 2月14日 早苗の結婚式(推定)。
1989年 3月 斉明女学院近くの公園で通り魔事件。
1989年 5月 9日 西村悠史、自宅で高田と学会資料の検討。
1989年 5月10日 西村悠史、教授会。
1989年 5月12日〜14日 西村悠史、学会出席(静岡)。
1989年 6月中旬 斉明女学院近くの公園で第二の通り魔事件。
1989年 8月18日午後 村上産婦人科に西村頼子が訪れる。
1989年 8月21日 17時ごろ、森村妙子、西村家を退去。夜に頼子、殺害される。ブライアン殺害?
1989年 8月22日 西村頼子の死体、発見される。西村悠史、朝から警察に呼び出される。
1989年 8月25日 西村悠史、村上産婦人科を訪問。
1989年 8月26日 頼子の葬儀。
1989年 8月31日 22時頃、森村妙子が、頼子の部屋で机に突っ伏している西村氏を発見。
1989年 9月 1日 西村悠史、九死に一生を得る。法月警視、綸太郎に事件の再調査依頼について語る。
1989年 9月 2日 綸太郎、再調査を決意。冨樫と会う。
1989年 9月 3日 綸太郎、長谷川冴子、松田卓也、高橋、高田青年と会う。
1989年 9月 4日 綸太郎、五十嵐民雄と電話。大坪総合病院へ行き、西村悠史と面会。西村悠史、自殺。
1989年 9月 綸太郎、半年がかりの長編を力ずくで仕上げる。
1989年晩秋 綸太郎、テレビ用の脚本の仕事のために関西へ出張。
1989年11月 湯浅景子、〈マーキュリー企画〉入社。
1990年 2月12日 『女性気分』に手紙が届く。
1990年 2月24日 松沼ヒロト、〈サタデイ・ナイト・キッズ〉ゲストに畠中有里奈出演。事件が起こる。
1990年 2月25日 綸太郎、ラジオ東京を取材。
1990年 2月26日 美和子、自殺未遂。
1990年 2月27日 『キャッチ』発売。ラジオ東京にて、綸太郎、容子と再会。
1990年 2月28日 葛西亡くなる。
1990年 3月 2日 葛西の葬儀。
1990年 3月 4日 綸太郎と法月警視、美和子の病室に行く。17年前の事件の話。
1990年 3月 5日 綸太郎、脅迫状の差出人と会う。西村頼子の事件を小説にまとめる作業に、一からとりかかる。
1990年 4月22日 有里奈のシングル〈瞳はスターレス〉発売日(?)
1990年 8月 綸太郎、映画『トゥ・オブ・アス』撮影現場見学。
1990年 8月21日 綸太郎、美和子と〈長沢霊園〉に行く。